本年(2020年)2月12日より開催されているJAと「ラブライブ! サンシャイン!!」のコラボ企画において、展示されたキャラクターの絵が、議論を呼んでいます。そしてこの動きに関連して、当該キャラクターの担当声優に対し、SNSを通じて、礼節のない文面で発言を繰り返し、同作品の制作者側に抗議するよう求めるアカウントも現れました。
もとより、表現の自由は批判を受けない自由ではなく、批判の自由は表現の自由の一環をなすものです。しかし、キャラクターの担当声優は、本件企画の企画者ではなく展示への影響力も乏しい個人であり、そのような個人に対し礼節を無視した文章で発言を繰り返し、義務のないことを行わせようとするのはもはや正当な批判とは言いがたいものです。
平素から、テロルという手段により、自己の目的や理想を実現することを認めない私どもの立場にあっては、同様に、このような嫌がらせ行為についてもまた認める立場にはありません。私どもは、そのような嫌がらせ行為について強い憤りの意を表明するとともに、そのような行為がエスカレートし、将来にわたり業務妨害に通じるような暴力的行為が起こることを懸念します。
たとえ「差別を解消する」という目的であったとしても、その目的を達成する手段として、声優への嫌がらせ行為を取ることは本末転倒であり、私どもはそのような行為を断固として否定します。担当声優に対する嫌がらせ行為は、とりもなおさず声優の労働環境を悪化させることになり、女性にとっても、地位向上、労働の場での機会均等、生きづらさといった、取り組むべき課題に抗うこととなるからです。
議論ならば大いに行うべきですし、フェミニズムの歴史においては、かつての平塚らいてうと与謝野晶子の間にあった「母性保護論争」のような例もあります。しかし、担当声優に最初から礼節を欠いた発言を繰り返し、およそ議論の場を成り立たせようという技術すらないまま嫌がらせ行為に陥ることは、女性には労働の場を得る困難さがあったという歴史を重く受け止める私どもの立場からも、到底、肯定することはできません。
漫画家やデザイナー、イラストレーター等のクリエイティブな業種は、1986年の男女雇用機会均等法施行以前から女性が従事しており、女性が努力によって獲得してきた労働の場の一つとなっています。
自身の名前をブランド名に冠するデザイナーの方もおられますが、わざわざその名前を言うまでもないでしょう。また、漫画においては、先人たちの努力もあって少女漫画という分野が確立し、女性の漫画家を輩出し増加させるきっかけにもなりました。「ラブライブ!」の担当声優もまた、努力をして労働の場を得た女性のお一人と言えるでしょう。
しかしながら、この度のような嫌がらせ行為がエスカレートし、将来にわたり業務妨害に通じるような暴力的行為を繰り返されるようになっては、実際の業務への影響が免れず、女性が獲得して来た労働の場すら失われかねません(※1)。
私どもは、女性の先人たちが努力して獲得して来た労働の場を荒廃させないことを願っております。
我が国においては、明治時代に入っても女性参政権がなく、女性国会議員の誕生は1946年まで待たなければなりませんでした(※2)。女性はそのように、社会の場によっては、いないことにされる存在でいた歴史もあります。そうした歴史を鑑みればこそ、担当声優に対する正当な批判とは言い難い「嫌がらせ」という、排斥につながる行為について、強い憤りを持って否定し断じて許すことはありません。
[注]
※1:なお、何者かの暴力的行為により実際の業務への影響があった例では、2012年からの「黒子のバスケ脅迫事件」が記憶に新しい。企業やイベント会場に脅迫があったおかげで、「黒子のバスケ」の関連グッズの制作やイベント等についての企画の中には、見送られることになったものもあります。
※2:戸主に限定されるという条件はあったが、高知県では、1880年に日本初の女性参政権が認められました。
「(反骨の記録:1)「民権ばあさん」扉開く」(朝日新聞デジタル2016年4月23日)(https://www.asahi.com/articles/ASJ2Q2GQ6J2QPIHB001.html)
・意見書「JAと「ラブライブ!」のコラボ企画に関連して発生した嫌がらせ行為に、強い憤りの意を表明します」(PDF版 262kb)