2018年1月15日月曜日

千葉市の市内コンビニエンスストア店舗の自主規制に関する「事業」について、廃止を求める意見書

【はじめに】

2016 年から千葉市の立案により進められてきた、千葉市内のコンビニエンスストアの自主規制に関する「事業」(※注1)、及び、2017年11月21日に千葉市役所にて行われた記者会見につきまして、行政による私企業への不適切な介在があったと考えます。そこでこの度、私ども女子現代メディア文化研究会(以下「当会」)は、千葉市に意見書をお送りする運びといたしました。
2017年11月21日の記者会見によれば、イオングループ傘下のコンビニエンスストアのミニストップ株式会社(以下「ミニストップ社」)が「成人向け雑誌」の販売中止を決めたとのことです。この記者会見は、千葉市役所にて、ミニストップ社藤本明裕社長と千葉市の熊谷俊人市長が同席して行われました。
これに先立っては、千葉市の立案による「事業」の構想がありました。その「事業」内容は、千葉市内のコンビニエンスストアの店舗で販売する「成人向け雑誌」を、市が定めた色付きフィルムで包装して陳列するという自主規制を進めるものです。この「事業」に関して千葉市からは既に税金から予算がついています。
このような、「事業」の構想から記者会見にいたるまでの千葉市の行政としてのあり方は、民主主義の根幹である憲法第21条「表現の自由」をすれば罷り通ることではありません。
各種クリエイターが活動する産業の裾野は、「表現の自由」が守られていてこそ成り立ちます。そしてこの産業は、男女雇用機会均等法が施行される以前から、女性の諸先輩方が自らの努力を積み重ねて押し広げて来た女性が活躍できる場でもあります。そこで、当会代表の山田も女性のデザイナーとして、やむなくお騒がせする運びとなった次第です。


【意見趣旨】

千葉市立案の市内コンビニエンスストア店舗の自主規制に関する「事業」について廃止を求める。


【意見の理由】

[ 理由1 ]
千葉市は、市内コンビニエンスストアの自主規制に関する「事業」の実現を模索し、この「事業」上で、この度の決定、すなわち、ミニストップ社の「成人向け雑誌」の販売中止にいたったが、まずこの「事業」の構想こそ「表現の自由」に関わる問題を含んでいたと考えるからである。

[ 理由2 ]
「表現の自由」の観点からは、ミニストップ社の自主規制を発表するこの度の記者会見には、行政による私企業への不適切な介在があったと言わざるを得ず、この不適切な記者会見を招いた発端は、千葉市の市内コンビニエンスストアの自主規制に関する「事業」にあるからである。
なお、この度の記者会見が、行政の私企業への関わり方として不適切であると考えたのは、次の点による。すなわち、ミニストップ社で販売する図書類の自主規制に関わる場への、以下に見られる千葉市の介在について問題があると考えた。
  (ア)この度の自主規制を発表する記者会見の場が千葉市役所である。
  (イ)千葉市の熊谷俊人市長が同席している。

[ 理由3 ]
この度の決定を発端に、ミニストップ社およびコンビニエンスストア各社やその流通に関わる各種クリエイターの表現の萎縮を招く恐れがあるからである。


【意見の詳細】


[理由1・2についての詳細]
私企業が、ブランディングの過程において店舗で販売する商品としての図書を選ぶ、また、自主規制として、ある種類の図書について販売「する・しない」の選別を行うのは、基本的には認められる経営上の自由です(※注2)。とはいえ、この度のように、ある種類の表現物の発表の機会に関わる場で、行政が「事業」と称して私企業側と直接の対面を繰り返したことについては、「表現の自由」に関わる問題を含んでいたと考えます。実際に、当初予定した以上に過剰な自主規制が生まれてしまいました。
千葉市による当初の「事業」の構想は、市内コンビニエンスストアの店舗で販売する「成人向け雑誌」を、市が定めた色付きフィルムで包装して陳列するという自主規制を進める内容でした。しかし、この「事業」の実現を模索した結果、ミニストップ社のみならず、イオングループすべての全国小売店およそ7,000店が「成人向け雑誌」の販売中止を決定する運びとなりました。この度のミニストップ社およびイオングループの決定は、千葉市が「事業」と称し行政として私企業に不適切に関わってしまった結果、抑圧が生まれ、過剰な自主規制となってしまった例と言えます。
行政は強制力を持っています。法律や条例等に基づいて行使されるとはいえ、適切なプロセスを経て力を行使するのでなければ、私企業は行政に対しあまりに立場が弱いです。したがって、行政が私企業に直接に関わる場面によっては、行政が意図しない部分まで抑圧が生まれる例もあります。この度の例も、それに漏れません。
市内コンビニエンスストアで行う図書の自主規制について、行政が直接にコンビニエンスストア側の担当者に繰り返し対面し模索してきた「事業」ということで、コンビニエンスストア側にとってみれば行政からの抑圧感が生じていた部分はあろうかと存じます。そもそも、この「事業」を進めようと試みるなど、行政として守るべき則を超えていたのではないかということです。
今後危惧されるのは、コンビニエンスストアチェーン各社に対する抑圧です。こうした抑圧が生まれれば、一地方自治体である千葉市のみの問題とはならず、全国のコンビニ各社やその流通に関わる各種クリエイターなどにとっての問題となります。既にイオングループが、すべての全国小売店での自主規制を決めており、各種クリエイターにとっても影響は免れないと危惧をしております。
そして、この「事業」上での決定ではありますが、ミニストップ社のこのような自主規制を発表する記者会見の場が市役所で、同社藤本社長と共に熊谷市長の同席がありました。私企業の経営方針を公表する記者会見が、市役所という行政機関の庁舎で、市長という行政の長と同席して行われ、しかも、その内容が、販売図書の取り扱いの自主規制という、表現物の発表の機会に関わるものであることからすれば、このような会見は、公権力による私企業の経営の自由への介入、さらには出版社等の表現の自由への抑圧を疑われざるを得ない不適切なものです。
行政は私企業の自主決定からは注意深く距離を置くべきで、このような記者会見があってはなりませんでした。
しかし、このような記者会見を招いた発端こそ、先立って模索されて来た千葉市の「事業」にありました。そもそもこうした「事業」を進めようと試みたことが、過ちだったのではないでしょうか。
このように、私企業の自主規制にこの度のような手法で行政が介在すれば、実質的には行政が表現行為に先立って表現に影響を及ぼしてしまうということになりかねないのです。行政は、社会においてどのような権限を持っているかを自覚し、中立すべきところでは中立しその則を超えてはなりません。今すぐにでも、この「事業」を廃止するべきです。

[理由3についての詳細]
記者会見同日、ミニストップ社からは「ミニストップ千葉市店舗および全店における成人誌取り扱い中止について」が公表され、取り扱い中止とする「成人向け雑誌」(※注3)の定義もなされましたが、これは複雑な内容となっています。特に「類似する雑誌類」(※注4)の範疇はどこまで及ぶものとするのかということについて疑問が残り、説明を要します。しかしながら、ミニストップ社からは補足説明はなく、販売中止とする「成人向け雑誌」の定義について曖昧性が払拭されないままです。
しかも、この度の決定は、千葉市が立案し模索してきた、市内コンビニエンスストアの自主規制に関わる「事業」上での決定です(※注5)。この点につきましては、条例に関わる千葉市の行政としての立場上の問題も、疑問として残ります。
「成人向け雑誌」は「(社)日本フランチャイズチェーン協会の自主基準(ガイドライン)より抜粋」し、下の2 項と定義がされましたが、このガイドラインの「類似する雑誌類」の範疇は複雑に広がっています。
以下が定義された2 項です。
  1. 各都道府県の指定図書類及び出版倫理協議会の標示図書類は取り扱わない。 
  2. それ以外の雑誌については、各都道府県青少年保護育成条例で定められた未成年者(18 歳未満者)への 販売・閲覧等の禁止に該当する雑誌及びそれらに類似する雑誌類を「成人誌」と呼称する。
各自治体の条例は異なるので、図書指定の方法や内容もまた異なります。よって、「2」で言う「類似する雑誌類」は各自治体の規定を網羅すれば幅広くなります。ミニストップ社としては「成人向け雑誌」といえば、いわゆる「ポルノ本」といった類いの図書類を想定していたのかもしれませんし(※注6)、千葉市の元々の「事業」の構想においても「成人誌」が問題視されていました。ところが、各自治体によっては、春画特集の芸術誌やヤクザをモチーフとした漫画の指定も行われており、その「類似する雑誌類」となれば、いわゆる「ポルノ本」の類いの雑誌では収まらなくなるという疑問があります。
しかしながら、これについての補足説明はありません。このような複雑で明確ではない規制対象の定義では、ミニストップ社およびコンビニエンスストア各社やその流通に関わる各種クリエイターなどの表現の萎縮を招く恐れがあります。
しかも、次のような問題もあります。千葉市が行うこのような「事業」が、従うべき千葉県の条例から、もはや逸脱しているのではないかということです。千葉市は立案した「事業」の実現を模索をした結果、千葉市の「事業」上の決定としての、ミニストップ社の「成人向け雑誌」の販売中止の決定に辿り着きました。千葉市が進めている「事業」の規制対象は、全国の各自治体の条例を指定基準とすることになってしまいました。千葉市は千葉県の条例に基づいて有害図書指定を行い規制を行うはずで、なおかつそうするべきですが、規制対象は、もはや千葉県の条例の基準からかけ離れています。
既にこの「事業」についている予算(※注7)がありますが、今後どう消化するのかという問題もあります。千葉県の条例の基準から逸脱し、全国の各自治体の条例を指定基準とする規制の「事業」に、もし、何らかの場面でこの予算を使うとなっては、矛盾が生じようかと考えます。千葉市の税金について、千葉市が従うべき千葉市および千葉県の条例を逸脱した運用をしては、千葉市民、千葉県民にとっての税制上の問題も生じようかというものです。
このように、千葉市のコンビニエンスストアに関わる自主規制の「事業」は、各種クリエイターの表現の萎縮を招く恐れがあるばかりではなく、適切とは言えないプロセスで行政が行われているのではないかという疑いもあります。このような不透明、不明瞭な行政が許されては、各種クリエイターが活躍する場が荒廃させられるばかりではなく、我が国の民主主義の制度そのものが脅かされかねません。


【 補 論 】

この度の件で思い出されたのが、1938 年の内務省図書課による「児童読物改善ニ関スル指示要綱」の発表、いわゆる「内務省通達」です。これは「子どものため」「健全育成のため」という目的で、児童書や漫画や赤本において、「俗悪」とされる卑猥な表現や華美な表現がされることがないよう、内務省から編集者に指示が行われたものです。
「内務省通達」は「子どもの健全育成」という目的で始まりながら、当時の雑誌や書籍等のメディアにおける表現に、間接的にあるいは直接的に影響を及ぼしました。歴史を振り返れば、終いには、当時人気だった「くるくるクルミちゃん」で知られる松本かつぢ氏、また女性の華やかなイラストで知られる中原淳一氏などが、連載誌での連載中止に追い込まれ(※注8)、第二次世界大戦が終わるまでは活躍の場の制限を余儀なくされました。
「内務省通達」は、「子どもの健全育成のため」という目的が結果として見事に裏切られた例です。子どもが楽しめる作品は、子どもの手が届かないところへ行き、その表現者は活躍の場を失うこととなりました。
こうした歴史を鑑みれば、正しい目的があったとしても、その目的を実現する方法は慎重に吟味しなければならないということが解ります。その方法を間違えば、各種クリエイターの活動の場、ひいては文化を生み出す裾野が荒廃させられてしまいます。


【 結 論 】

以上から、千葉市におかれては、千葉市の立案によるコンビニエンスストアの自主規制に関わる「事業」の構想からこの度の記者会見にいたるまで、行政として守るべき則を超えており不適切であったと断言します。この「事業」には、我が国の文化を支えるクリエイターにとってもデメリット以外はないわけで、廃止が待たれます。
この度の「事業」は、行政によって、私企業の過剰な自主規制として帰結しました。これは、将来に渡っても、実質的には公権力が表現行為に先立って表現に影響を及ぼすことになる可能性があり、事前抑制の疑いがあります。「表現の自由」を保障する憲法第21条の観点からも脅威であるのはもちろんのこと、クリエイターが活躍する産業の裾野が踏み荒らされ、ひいては女性の活躍の場をも狭められる危険性を内包しており、看過することはできません。
「表現の自由」は、民主主義の根幹です。未来に渡り健全な民主主義が続くことを願えばこそ、その脅威となる行政のあり方を改めていただきたいと、私どもは求める次第です。我が国の文化の裾野を守り、そして、我が国の女性の諸先輩方の努力を無にしないということを決意しながら、結びの言葉とさせていただきます。

以上

女子現代メディア文化研究会
代表 山田久美子


[ 注 ]
(※注1) 「事業」の構想とは、千葉市の立案によるコンビニエンスストアに関する自主規制の取り組み。千葉市内のコンビニエンスストアの店舗にて、「成人向け雑誌」を市が定めた色付きフィルムで包装するという内容。大阪府堺市のファミリーマートでは同様の取り組みを2016 年から実施している。千葉市のこの「事業」には既に39万円の予算がついているとのこと。
(※注2) ただし、私企業とはいえ取り扱う商品が流通において寡占状態にある場合には問題が生まれもするが、このような問題を言及する機会は別に譲る。この度は、図書を発表する機会に関わる場面で、行政が私企業に直接関わることの問題点を扱うからである。
(※注3) 「ミニストップ千葉市店舗および全店における成人誌取り扱い中止について」において「成人誌」は「(社)日本フランチャイズチェーン協会の自主基準(ガイドライン)より抜粋」し次のように定義している。

  1. 各都道府県の指定図書類及び出版倫理協議会の表示図書類は取り扱わない。
  2. それ以外の雑誌については、各都道府県青少年保護育成条例で定められた未成年者(18 歳未満者) への販売・閲覧等の禁止に該当する雑誌及びそれらに類似する雑誌類を「成人誌」と呼称する。(https://www.ministop.co.jp/corporate/release/assets/pdf/20171121_10.pdf)
(※注4) 「類似する雑誌類」は、いわゆる「類似図書類」。
(※注5) 「青少年健全育成条例などの情報公開の置き場」(http://koukai.sblo.jp/article/181889999.html)にて、市民により情報公開請求によって千葉市から公開された書類からは、千葉市が「事業」として、市内コンビニエンスストアの自主規制を立案して進めていたことがわかる。
(※注6) 「青少年健全育成条例などの情報公開の置き場」(http://koukai.sblo.jp/article/181889999.html)にて、千葉市青少年問題協議会の議事録でも「ポルノ雑誌」の言及がメインとなっている。
(※注7) 当初は「成人向け雑誌」を包装する色付きフィルムなどのために税金を使う予定だった。
(http://koukai.sblo.jp/article/181889999.html)
(※注8) 中原淳一氏は連載誌「少女の友」で人気を博したが、1940 年に内務省の命令で同誌を降板。松本かつぢ氏もまた「少女の友」で人気連載だった「くるくるクルミちゃん」が、内務省通達の影響で表現内容の変質を迫られた後に、1940 年に連載を終了した。
(http://www.museum.or.jp/modules/im_event/?controller=event_dtl&input%5Bid%5D=60083)
(http://katsudi.com/mangahistory/)


・「千葉市の市内コンビニエンスストア店舗の自主規制に関する「事業」について、廃止を求める意見書」(PDF版350KB)